2018年3月7日水曜日

ghostly poem 2




目の前に一枚でも壁が隔てられると
ぼくはこの壁の向うの世界が
だんだんと遠のいてゆく気持ちになる
壁が増えれば増えるほど
だんだんと寂しくなり
だんだんと虚ろになり
もしくはだんだんと幻想的にすらなってゆく
よくいえばそれによって想像力が齎されている

しかしやはり
このもどかしさはなんだろう?
それがたとえ透明なガラス窓だとしても
もどかしくてたまらない

それがたんに
ガラスを通ってぼくの瞳に映る像が
少なからず屈折した後で映し出されることによる
物理現象であれば、、、、

いや、たとえそうだとしても
ぼくがその向こう側に感じ取れるものは
壁の内側でぼくの生身が感じているものよりも
壁の厚さや枚数や形や性質以上に
なくなってしまっている


このもどかしさに耐えられない


ghostly poem 1


賑やかな教室は幻になった。
放課後、すべての生徒がいなくなり
校庭があくびをする。

疲れ果てた黒板と
置き忘れた教科書と
動き出しそうな机と椅子とが
青春を残り香に変えた。

彼らが抱く痛みや喜びを
自分なりに受け止めるためには
孤独を感じなければいけないと思った。

それだけがあの頃のぼくのすべてだった。

2018年3月6日火曜日

ghostly poem (幽霊詩)について




ghostly poem (幽霊詩)とは、、、

実験作品・不完全作品・採用未定の端書
日々の雑感・思いつきなど詩としては不完全だが
発表しないままメモ帳の中でミイラ化させるのは
少々勿体ないのではと感じた言葉の切れ端の数々であり
これをすなわち ghostly poem (幽霊詩)と名付けた。
今後はブログ上にこの  ghostly poem (幽霊詩)が
時を選ばず矢庭に出現・消滅することになる。



2018年3月4日日曜日

かなしみにハイタッチ



ほんとのじぶんに逢わないために
買いたいものも買わないような
見てみたいものも見ないような
言いたいことも言わないような
かえって切ない心持ち

嫌いな人のやってることを
やらないことが取り柄のような
難なくこなせるそぶりのような
気にしないふりをしているような
どこか悔しい心持ち

かなしい声でよろこびを
うたわなくてもいいんだね
かなしい時にはかなしみ
うたってみてもいいんだね
それがほんとのじぶんだね
かなしい気持ちにハイタッチ

あの閃光が忘れえようか




はじまり は
一度きり。

おわり は
 何度でも。

はじまり と
おわり の
 あいだには 

数えきれない

つながり がある。

つながり 

それは

いのち
いのちをもたないもの

与えられた

強い、なによりも強い

そして

 かけがえのない 

つるぎ 
と 
いの

つるぎ 
と 
いの

きっと
そのすべてが
消えるまで
この世界は

めぐる
めぐる

 めぐるでしょう。



2018年3月3日土曜日

ココロヲモテバ


夕べなにかを思いやり
涙をこぼせず過ごした者は
あすになにかを思っても
涙をこぼせはしないだろう

 ココロヲモテバ
 クサキニサエモ
 ナニカヲオモイ
 ナミダアフレル

あすの日差しを思いやり
夕べの罪を忘れようとも
罪深き日を重ねる瞳に
涙があふれることはない

より大きな気配がやって来る前に。
最も激しい爆発を求めてしまう前に。

カスタネットを叩くより
ピアノを上手に弾いてみたい
けれどもぼくは結局
パンと水とを、バランスよく味わうだけだ。



 ぼくたちが本当に見たいと思っているものは
 月の爆発などではなく
 太陽の爆発です。
 なぜならぼくたちは常に

春の太陽よ
どうかわたしの命にも
雪解けのように

希望に満ちた最期を現してください