2020年5月4日月曜日

夕べ昇った月明かり


 「それはそうと」

夕べ昇った月明かりが
さみしそうな表情で口を開く

「昨晩、あの池に映るぼくをじっと眺めていた
 なんとも可憐な蓮の花は、どこへ行ってしまったのです?」

それに答えて
今宵さし昇った月明かりが
困惑して言うには

「わたくしに聞かれましても
 その可愛いお嬢さんのことは何も分りませんわ。
 わたくしがここに来たときにはもういなかったのですから。
 そんなことより、見て、あの睡蓮の綺麗なこと。」

夕べ昇った月明かりが
それに答えて言う

「ああ、なんということでしょうか
 ぼくはせめてもう一度だけあの子にお目にかかって
 ほんの一言でも挨拶を交わせればと思っていたのに。
 まさかあの子がどんな想いでぼくを見つめていたのか
 何もわからないまま別れを告げることになるなんて。
 どうかお答えください、可愛いきみよ
 どうしてあなたはいつも
 ひっそりと居なくなってしまうのです、、、」

眠りにつきかけていた太陽が
二人の会話を聞いて思わず言うには

「もしもあの子が本当にいなくなって
 そなたが悲しいと感じるのなら
 ここに来るたびにあの子を思い出してあげればよいのです。
 それこそが、あなたがここまで来れた理由ではないのですか。
 わたくしが辛うじてできることといえば
 あの子をそれなりに育むだけのことであって
 いつまでも生かしておくことも
 また、そのつもりもないのですから。」

こう言い終えると
太陽はようやく眠りについた。
そして静まりかえった水面には
すでに閉じつつある睡蓮と月影が
くっきりと浮かんでいた。

 

2020年5月2日土曜日

雨雲と虹


どうして僕には
 好きな風景があるのさ」

こんなささやかな問いかけに
答えられずにいる

滅多に迷わない
迷えない僕らは
どんな迷路も
どれだけ
入り組んでいて
難解でも
もうすでに
解き明かしたつもりでいる

「僕はどうやって
 迷えばいいのさ」

美しいものばかりを
眺められる僕らは
わざわざ苦しい道のりを選んで
高い場所に登らなくていい
いつだって
眺められるんだよ
ほら、手に取るように

「ゼウスとイリスが
 遠くの方へ飛んでいくのさ」

僕は彼らを
この胸の側まで引き寄せて
そうして思いきり
抱きしめてみたい

「お前はわたしたちを 
 本当に抱きしめてくれるのか?」

「それは、、、」

僕は
あなたたちの問いかけに
答えられずにいる


2020年4月30日木曜日

白い足跡


ぼくはおまえに呼ばれてついていく
天がける白い足跡を辿って
もう少しで暮れてゆく
見えない海の方へ

漂流物の中にも
ぼくの求めているものが
あるのだろうかと思って
隈なく探してみたよ

死んだ貝殻
腐敗した流木
汚らしい車輪
歪んだジュースの空缶に
片っぽだけの靴下

「ああ、ぜんぶ気持ち悪い!」
ぜんぶがぜんぶ
得体が知れないし
底無しに不気味でさ
生きていたときがあったのかと思うと
嘔吐でもしそうになってさ!

死んでいったものばかりを探してしまうぼくは
いつの間にか
今までのぼくではなくなっていくよ
本当に、、、

ぼくは砂浜にしゃがんでみた
そうして黄金のさざ波を
ひとつひとつ数えるんだ
そうすれば、ぼくの心もほら
おまえの足跡のように
美しくなれるのだからさ 
きっと


2020年4月29日水曜日

この目に溢るるろうそくを


あなたの言葉に触れるたび
どうしてこうもぼくの胸
高鳴るものがあるのだろう

あなたの心に触れるたび
どうしてこうも悩ましく
日々を愛してゆくのだろう

この目に溢るるろうそくを
ため息とともに吹き消せば
溶けそこなった燃殻と
消えそこなったこの涙
あぁ、なんて儚げに
あなたの上に散ってゆく

もしもあなたを失って
迷子石のように当てどなく
取り残されるぼくならば
いっそこの身を滅ぼして
明けない夜を夢みつつ
あなたを探しに行ければいい



2020年4月18日土曜日

魔法の島



宮殿の冷たい回廊に
うずくまる老王がひとり
熟れた洋梨を食み
半ば虚な目をして
かなしげに

吊り下がった炎
鏡に写る虚像
そのすべてが
王の胸内を幽かに燃やし
追憶を深めゆく
夜陰を伴って

窓辺を叩く雨音の
しとやかなる伴奏
地面に滴る甘き香り
なべて失われ
なべて沈黙に変わり

ああ、憐れなる者よ
太陽なりや
聖杯なりや
世を憂えたまうもの
世を変えたまうもの
そは生活の光なり
日々のつつましい働きなり
そをおまえは知らず

天上を仰ぎみて
老いたる王よ
何をかおもう
羽ばたく神の使いらも
目に映れば
彩られし絵画に過ぎぬものを



2020年4月6日月曜日

上弦の月


上弦の月が
どっとしている

波紋のような、瓦のような
指紋のような、皺のような

柔らかそうな薄そうな
風を浴びた
白浜のような

パステルカラーの
絹のような
縞模様の冬のような
純白の微粒子のような
等間隔の国境のような

重なり合ってくっついて
大きいような小さいような
近いような遠いような
ますます濃くなる上弦の月


2020年4月5日日曜日

星に寄す詩


おれの内面のそこかしこで

逃亡者のようにこそこそと逃げ惑う
あやふやな「こころ」という存在
おれはもう
貴様らのような詐欺師と付き合うのは
うんざりだ!

おれは貴様らのせいで

これまで築き上げてきたものすべてが
無益に思えて仕方なくなり
ついにはそれらすべてを
跡形もなく消し去ったのだ!
そうして人生の猛り狂う嵐を逃れて
安らかな、永い時空の寂寞に
この魂を委ねることにした

おれがまだ大地に根を張り

太陽の光を浴びながら
意気揚々として輝いていた頃
まっしぐらに、迷いなく呼吸しながら
真の愛を求めていた頃
おれは貴様らのせいで
幾度めまいをし
嘔吐させられ
希っていた甘い夢も
無残に引き裂かれたことだろう!
今思えばそれも結局は
貴様らの義務の一つに
過ぎなかったのだろうが

惑乱し、気が狂い

あやふやなものを信じ
そのために
理想とはかけ離れた道を
知らず知らずのうちに進んでゆく
貴様らと出会った者たちは皆
こうなる運命にあった
かくゆうおれもまた
そのうちの一人であった

けれどどうしたことか

おれは今
この素晴らし奥津城の安寧から
引きずり出されようとしている!
今となってはただ空っぽなだけの
生温いだけの大地の日向へと
再び投げ出されようとしている!
それも貴様らによって!

かつておれは魂のありかを

誤って貴様たちに教えてしまったのだ
そして貴様たちはその隙をついて
密かに玉座を、おれの魂の玉座奪っていった!
おれが最期に見た光景は
憎悪と嘲笑とがおれに向かって
剣を振りかざしているところだった!

ああ、けれど

今のおれならどうする?
運命がこれ以上
おれに眠ることを許さないとするならば
どうすればいい?
いうまでもなくおれは詩をもって
貴様らと対峙するしかないだろう
おれは詩の剣をもって貴様らと対峙し
魂の玉座を再び奪い返すつもりだ!

聞け、愛すべき星たちよ

かつておれに
数々の詩を授けてくれたものたちよ
おれは今まで
閃くひとつの星をみて
無限の宇宙を想像出来ぬものは
詩人にはなれないと信じていた
けれど、もうそれは違うのだ
むしろおれは
おまえたちに語りかける詩を
創造せねばならなくなった!

そうすることによってのみ

おれはおれの内部で逃げ惑う
「こころ」という存在をひっ捕まえ
そいつらのど真ん中に
剣を思いきり突き刺すことができるのだ!

ああ、
だからこそ
運命よ!
与えたまえ!
おれの隣に
いつも
あやふやな
いかさまなものではなく
偽りなく愛せるものをのみ
与えたまえ!






2020年3月26日木曜日

しばらく光を 見られなかった



しばらく光を
見られなかった
照らされているだけで
めまいがして
突き刺さるような
気がして

しばらく心を
開けなかった
どんな人とも
分かり合えない気がして
近づいては
いけない気がして

しばらく時間を
憎悪した
それがあまりに
残虐な気がして
殺されていくような
気がして

けれど
あくる日
気がついた
それがすべて
正しいとも
間違っているとも
言えないと
ただ
自分が
自分に
狂わされていたと

2020年3月5日木曜日

雪花



透明な
空想の岸辺に浮かぶ
小さな果実
計り知られぬ
時の奔流にのまれ
甘き香りも
鮮烈な色素も
はや生命なきもの

けれど
この死んだ果実が
かつて生きた面影は
懐かしい風の香りさながらに
その萎んだ身体にも
形なきものとして
感じ取られた

このありさまに
涙など
祈りなど
むなしさなど
訪れない
訪れたのはただ
ぼくの胸裏の雪塊を
ゆっくりと溶かしてゆく
春のぬくもりだけ

それは
誰にほのめかされなくとも
はっきりと
ぼくのもとに忍び寄ってくるのを
感じた

時の奔流にのまれるぼくは
逆流することなく
ただ進むばかり
そして
なにものをも
蘇らさすことはできない
けれど
それゆえにぼくは今
この死んだ果実によって
春のぬくもりを
はっきりと感じとった












2020年2月10日月曜日

魂を照らして


忘れられない君よ
遥かに灯る
月影よ
ああ、どうか!
私を眠らせてくれるな!
私は再び
目覚めなければならないと
強く、信じている


君よ
この瞳に映る
月影よ!
ああ、どうか
私の魂を
照らしておくれ



2020年2月8日土曜日

この沈黙に



この沈黙に
この静寂に
(永劫鳴りとよむ雄叫びにも似た)
雷鳴を轟かす
おまえの気高さよ
それは
今、この瞬間に
生まれよかし

この私のために