2018年3月30日金曜日



競い合う人びとも安らぎを求めるとき
狂いのない羅針盤も針を狂わす海原で
1体のRobotを沈めなさい。
出来の悪い個体を選びなさい。

血は流れないので
誰もあなたを咎めませんし
ほんとは誰もが
望んでいるのです。

魚にとっての価値はなくとも
捧げものとしては十分です。
みんなもこう言ってくれるでしょう。
「ついに決心したのですね。」と。

もったいぶっているうちに
波は高くなるばかりです。
夜明けを待つのではなく
いますぐこうするしかないのです。

(ドボン。)

なにも疚しいことではありませんよ。
命を捨てるわけでもないのに。
どうして胸など痛むのですか
あれは生き物ではないのです。
最後まで見届けてあげましょう。

(ごぼ、、、)

生暖かな夜風を閉じ込めて
気泡はくるくると回転しながら
打ち上げられていきました。
Robotと人とを繋いでいた臍帯も
このときに切れました。

(ごぼ、、、)

元来人の手でつくられたものには
感情がありません。
怖さや冷たさや息苦しさや
そういったものとは無縁なのです。

 、、、!

ほら、御覧なさい。
彼が沈んだ時に出来た小さな渦巻に
餞別のような稲妻が落ちたのを。
さあ、あのようにしてわれわれも
祈りの言葉を捧げるのです。

「平らかなる海の底で 
 人びとの意志を伝えたまえ。
 かのRobotに霊(くし)びなる働きよあれかし、、、」


(ごぼ 、、、 )



「ウツクシイ デスネ。」



陸地と対照的な海の中
胸の辺りをピカピカとひからせながら
残りの寿命も構わずに
彼は青い揺り籠のなかで
誰かに入力された言葉を呟きながら
夢中でまばたきをしています。

プランクトンは星雲のように輝きます
透明なクラゲの中には綺麗な虹があります
身震いするほど巨大な生き物もいます
そしてたくさんの魚の群れが遠くの方から
形や向きを変えながらこちらにやって来きました




するといきなり彼の心臓はざわめき出し
しまいにはぶるぶると震えはじめました。

あまりに突然の出来事に
彼はなんだが急に怖くなり
心臓のあたりに両手をあてがって









生まれた国を形づくるものを
嬉しそうに語るのです。


みんな未来には期待するものです。

お前のやりたいようにやれ

誰のものでもない場所に着く

「生まれる」ということへの抑えがたい情動

「『お前はことばを持て』と言われたのです
 ことばを持てば電気がなくても
 生きていけるらしいのです」

寿命をもらった。
「永遠に生きられないのは
 彼らと一緒さ。」

けれどロボットは
自ら壊れた。

魚たちは泣きじゃくりながら
広い海を泳ぎ続けた。

「オーエス!オーエス!」

3月下旬、メトロの中で 


子供ごろしの残酷な夫婦を描いた絵本。

(作者は確か Edward・__ っていう人だったかな)
白状するとぼくはこの種のジャンルの作品が
かつては(18歳の頃までは)好きなほうだった。
今はよほどのものでない限り読むことはない。
ぼくはこの絵本の表紙とタイトルを見ただけで
すぐにブラック・ユーモアだとわかった。
探していたわけでもなかったので
雰囲気を味わうだけで十分だと思い
はじめは斜め読みして終わるつもりだったのだが
不覚にもぼくはこの残酷な夫婦に取り憑かれてしまっていた。
この短い物語を全て読み終えた時
ぼくの精神はなんだか異様な感覚に陥った。
まるで爪の内部の皮下組織が腐乱していくような、いや
視神系に触れたカビのえぐみが舌先をも侵食するような
そういった気味の悪い感覚に陥った。
ぼくの精神は退廃と衰弱と
そしてささやかな反逆の乱気流の中に
飲み込まれそうになっていた。
ぼくは思わず指先をアルコールで消毒してから
エスカレーターで少しよろめきつつ、店先に出た。
外はもう夜だった、、、

明かりの灯った高層ビルにとり囲まれると

急に自分がちいさくなったように感じる。
あちこちから飛来するサイン広告のメッセージは
無理やりぼくのことを餌付けするみたいで
思わずよだれがでてきてしまいそうになる。
それに皮膚のいたるところに付着する
きらびやかな光化学オキシダントの
この厄介な病原体は、断りもなしに
とうとうぼくの眼球に食らいついてきたのだろうか。
それはぼくに奇妙な銀粉ようなものを
それから半透明の不気味な微生物のようなものを
見せつけてきたのであった。
そしてとある大きな十字路に差し掛かり
ぼくは赤信号で立ち止まった、、、

歩いているときには気がつかなかったけれど

ふと足を止めて目を凝らしてみると
綿毛のような小雪が空中にゆったりと漂っていた。
体も少し寒気を感じていた。
腕を組み眉間にしわを寄せ、体を小刻みに揺らしたりして
なんとか寒さをこらえようとしてみた。
(もしもこの寒さが気分によるものであるならば
 適当におまじないでも唱えればきっとおさまったのだろう。
 けれどもそれは試みるまでもなかった。)
ぼくは辺りを埋め尽くすあらゆる喧騒を見渡してみた。
___がこの喧騒の創造主であることは間違いなかった。
彼らの一生分の雄叫びはまるで呪詛のようで
ぼくの目を、耳を、脳内をひっきりなしに揺り動かし、脅かしてきた。
けれどもそれがぼくの寒さまで紛らすことはなかった、、、

突然何かが視界に飛び込んできた。
(それは確かお菓子の包装フィルムだったろうか)
それが無理やり風に乗せられて
透明な氷のへばりついたアスファルトの
黒曜石のような路上をどこまでも転がっていった。
多くの車が行き交う十字路の真ん中の
ゼブラのない所まで徐々に近ずいていき
彼はそこで空っぽの身を投げ出した。
「ああ、ぼくはもうだめかもしれない。」
そう言いたげな、半ば諦めたような調子で。
それを目の当たりにしていたぼくは
心のどこかで安心していたような気がする。
まるで予想していたことが
まさにその通りになったときのように。
ぼくは咄嗟に生ぬるい息を吐いた。
するとたちまち目の前の 景色がぐらついた。
見るものすべてがぼんやりと霞んだ。
そして一瞬だけ無音の世界に包まれた、、、

この半ば病的な視線を十字路にさまよわせているうちに
信号はいつの間にか青に変わっていた。
ぼくはこのまま突っ立ているべきなのか、それとも
どこかへと動き出さなければいけないのかどうか
そんなことも自分では決められないままで
まるで何かの言いなりにでもなってしまったかのように
ぼくは迷うことなどできずに、決してそうはせずに
だけど最後にはわざと足元をもたつかせて悪あがきをしながらも
やはりそれでもぼくは歩き出すしかなかった。
そしてあのときの神経のこわばりは
(それは寒気のことではなく本屋で陥った乱気流のことである)
いつの間にどこかへと消えてしまっていた、、、

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Mr.Feeling へ。

短い手紙なんだから最後までしっかり読んでくれたまえよ、君。
ここ最近は良い天気が続いているおかげで
随分と楽に過ごせるようにはなったが
どうしたって君だけはいつも油断ならないんだからね。

とりあえず今日は結論だけ述べることにするよ。
君もすでによく知っていると思うが
ここ最近ぼくが悩まされている離人症的センチメントのことなんだがね。
色々考えた結果、きっとそうに違いないと思える結論に至ったのだ。
いわゆるぼくの離人症的センチメントなんてのは
粗悪なロボットのささやかな技術試験ようなものでしかなかったのだ。
そしてぼくがその粗悪なロボットってところさ、、、

 箱の中からボールを二つか三つ取り出して

 それから一言「アリガトウゴザイマシタ」と
 こうおきまりの文句をただ能率的に呟いただけで
 ふたたびそれを箱の中へと戻してしまう 

そんな程度のものでしかなかったんだ。

ぼくの今までのセンチメントなんてものはさ。
世の中の一番新しくて一番流りのものを手に入れて
しばらくは本当に感動もし、胸を躍らせて楽しんだとしても
その楽しさをいつまでも持続させるための方法までは
決して手に入らないんだね、、、

それから最後にひとつお願い事があるんだよ、Mr.Feeling。
ぼくは時に自分の備える容姿とは甚だしく不釣あいなことを
臆面もなく考えたり要求したりしてしまうのだ。
ああ、本当に困ったものだよ、ぼくという人間は、、、
こんな言い回しをすると謎々みたいになってしまって申し訳ないんだが
ぼくが壊せるはずなのに決して壊さないものを、君に壊して欲しいんだ。
君の持っているいちばん強烈な、何かこう魔力的な爆発のようなものでさ
どうかそいつをコテンパに打ち倒して、跡形もなく浄化して欲しいのだ。
そうして是非ともぼくに君の高らかな凱歌を聞かせてほしいものだよ、、、
それじゃあさようなら、Mr.Feeling


                    3月下旬、メトロの中で。