2018年6月15日金曜日

くるめき


心が大きな網ならば
あらゆる獲物を捕らえよう
心が一瞬の火花なら
流星よりも輝こう
心が宇宙の鼓動なら
見えないものにも涙しよう

晴れの日も雨の日も嵐の日も
俺はただ生きていることを信じて
まっしぐらに呼吸する
古くなってゆくものを
再び新しくするためではなく
新しいものをいつまでも
生み出し続けるために
ああ、俺の右目よ、映し出せ
朝日と出会いの美しさを
左目よ、映し出せ
夕空と別れのはかなさを
やせ衰えてしまった貧弱な手よ
お前は今そのすべてを
ささやかな箱舟に乗せて
照り輝く海と
風の息吹に託し
あの水平線の永遠の彼方へと
この終わりのない旅がいつまでも巡るよう
固く祈りを込めるのだ

翳りゆく空
今はおれにため息をつかせるな
たとえおれが清らかな大気を
夢のように浴び
飢えた胃袋を瑞々しい空気満たしたとて
渇ききったおれの心が潤うことなど決してなく
むしろおれはそれを拒絶し
また大気の中へと吐き戻すだけ

しかし涙よ
溢れ落ちるにはまだ早い
近づきつつある嵐の叫び声にかき消されてしまう
今はまだ流れてはいけない
すべての暴風雨が止み
草木が蘇り
美しい雲が天の彼方から輝き出した時に
お前たちはこぼれ落ちるのだ
だから涙よ
その時はどうかおれに
ひとりっきりで泣かせておくれ

誰かの苦しみを慰めるものは
別の誰かの苦しみなのか
それともただそこにあるだけの
慈愛に満ちた言葉や優しげなまなざしなのか
どんなところにいても
どんな人と一緒にいても
孤独を感じるのはなぜなのか
ああ、けれども俺は
たとえそれがどんなものであろうとも
そのすべてがやがて俺の財産になるのなら
どんな孤独でもきっと耐え忍んでみせる
希望の滴が一滴でも降りかかれば
このたった一切れの糧さえ美味しく感じられるのだ!
人の冷たさに触れれば触れるほど
天のむこうのあなたからの果てしない愛を
私は感じることができるのだ






2018年6月13日水曜日

風のいない部屋


複雑な答えを
ひねり出そうとすればするほど
風はこの部屋から
どんどんいなくなって

僕は誰かの素直な答えに
ただ憧れる
透明なその心に
ただ憧れる

風のいない部屋に

ぼくだけが
ただひとり



2018年6月9日土曜日

もう やめにしよう


もう
やめにしよう
心地よい
夕風を
感じられなくなるから
もう
やめにしよう
移ろいゆく
淡い空が
くすんでしまうから
もう
やめにしよう
天地の賛美歌が
聞こえなくなるから
もう
やめにしよう
こんな場所で
うつむくのは
もう
やめにしよう



2018年6月8日金曜日

バードコール


どんなに素晴らしい音楽よりも
ぼくを楽しませ、頬を緩めさせ、寛ぎをもたらし
朗らかで、和やかな気分にさせてくれる小鳥が一羽
まるであなたの肩にとまるようにして
電線の上に、爪を引っ掛けてとまっていました。
頭を可愛らしく左右に小さく振りながら
多分こっちも見ていた気がします。
だけど彼は何かをさえずるわけでもなく
ぼくが一瞬間だけ、湿った路面や
うすぼらけた朝霧を爽やかにまとった風の匂いに
うっとりとして目を背けている間に
もうどこかへと羽ばたいていってしまいました。
あなたがやってくるとき僕は
自分には備わっていないはずのものまで
ほんとはもう十分に掴み取っているのではないかと思ってしまいます。
ひび割れた大地も、遠くで車がかすれたように走る音も
外の風景を遮る埃をかぶったカーテンも
あなたの神々しく、温かく、それでいながらどこか冷徹な眼差しに触れてしまえば
ひとたまりもなくなってしまうような気がするのです。
しかしあなたならばどんな邪悪でも許してしまわれるということは
ぼくにとっては、時にあまりにも心苦しく、受け入れがたいことでもあるのです。
あなたが許すもの全てが正しく思えてしまうのですから。
そしてあなたはぼくにさらなる高望みもさせてしまうのです。
あなたはその高貴な眼差しによって
決して今のぼくには手に入れられそうにないものにまで
目を向けさせ、欲望を駆り立ててしまうのです。
あなたによってどれだけのものが救われたかしれません。
けれどもまたあなたによってどれだけの勘違いをし
誤りを犯し、盲目になり、苦しんだことでしょうか。
私があなたから抜け出すことは当分できないでしょうし
自らそうする勇気もないのです。
けれどこれだけは幸いなことだと言い切れます。
あなたのおかけでぼくは
自らを災いに陥らせたいという気持ちから
遠ざかってゆくことができるのですから。
ぼくの住むこの場所の近くには山も谷も、丘も、森もありません。
けれどもその全てがぼくの側で脈を打ち、呼吸をし、あなたによって目覚めてゆくのを
この場所にいながら、あなたの訪れを目の当たりにし、肌に触れ、耳を傾けるだけでも
まざまざと感じ取ることができるというのは
本当に驚くべきことであり、凄まじい生命の、心の、精神の純粋な働きなのです。
私が眠るのは決してあなたから顔を背けるためではないのです。
それはやはりあなたからの果てしない温情に
ひとりそっと感じ入るためなのです。


2018年6月5日火曜日

無題


 
 ぼくはもう うんざりするほど 生きてきた 
探していた故郷も 見つからなかった



2018年6月4日月曜日

約束の庭


旅立ったあの人の家の庭に
綺麗な花が咲いている
鳥や虫たちは
あたりを見回しながら
しばらくうろうろしていたが
いつしか
花のもとから
離れていった

庭に咲いていた花は
彼らを追いかけなかった
追いかけることなど
できなかった

それなのに
彼らは
花のもとから
離れていった
離れるしかなかった

けれども
それを見ていたぼくも
同じように
そうするしか
なかった、、、

「君たちは
 ぼくらを
 置いていくのかい
 ぼくらは
 きみたちを追いかけたくても
 追いかけることが
 できないのに、、、」

そんな声が
聞こえてきそうだった

「きっとまた
 こっちへ
 戻ってくるから」

ぼくは
胸の中で
約束した
そうして
ぼくは
また歩き始めた
歩き始めるしか
なかった
遠ざかるにつれて
募ってゆく寂しさ、、、

涼しい風が
昨日よりもつよく
ぼくを抱きしめてきた
だから
ぼくもその風を
昨日よりもつよく
抱きしめてやった

「あすこの庭に
 綺麗な花が
 咲いているよ」

ぼくは教えてあげた

「そうかい
 それじゃあ僕も
 見てこようかな」

風がそう答えた
そう答えることしか
できなかった、、、

この世に生まれ落ちた時から
いや、生まれ落ちるその前から
ぼくの命の灯芯には
火がつけられて
それを今日まで休みなく
すり減らし続けている

ぼくはいつまでも
いや、ぼくだけではない
風も鳥も虫たちも
それから
あの庭に咲く花も
進んでゆくことしか
できないのだ
それはみんな
同じことだ、、、

ぼくは落ちていた石を拾って
川に放り投げた

「どこへ向かっているのかなんて
 誰も知りはしないさ
 この世にはただ
 駆け引きが多いだけなんだね」

柔らかに波立つ水面が
そう言った

「駆け引きが多いだけ、、、」

みんな
自分のことさえ
よくわからないんだな、、、

ぼくはまた
どこかへと
歩き始めた



2018年6月3日日曜日

どうか大事に届けておくれ



地上にこぼれ落ちたのは

交わしたばかりの 杯さ

泣いてなんかいられない
泣いてなんかいられない

まずは手紙をしたためよう
これは家族へ あちらは友へ
ついでにこれも
いつか愛した人たちへ

そろそろ行かなきゃならないよ
木の実を啄む小鳥たち 
どうか大事に届けておくれ
最後の音が 聞こえてしまうその前に

天へと飛んでいったのは
ミルクの香りの 唇さ

泣いてなんかいられない
泣いてなんかいられない

まずは手紙をしたためよう
これは昨日へ あちらは今日へ
ついでにこれも
いつか愛する人たちへ

そろそろ行かなきゃならないよ
雲に抱きつく小鳥たち 
どうか大事に届けておくれ
最後の虹が 見えてしまうその前に

地上にこぼれ落ちたのは
天へと飛んでいったのは
涙が書いた置き手紙