2020年3月5日木曜日

雪花



透明な
空想の岸辺に浮かぶ
小さな果実
計り知られぬ
時の奔流にのまれ
甘き香りも
鮮烈な色素も
はや生命なきもの

けれど
この死んだ果実が
かつて生きた面影は
懐かしい風の香りさながらに
その萎んだ身体にも
形なきものとして
感じ取られた

このありさまに
涙など
祈りなど
むなしさなど
訪れない
訪れたのはただ
ぼくの胸裏の雪塊を
ゆっくりと溶かしてゆく
春のぬくもりだけ

それは
誰にほのめかされなくとも
はっきりと
ぼくのもとに忍び寄ってくるのを
感じた

時の奔流にのまれるぼくは
逆流することなく
ただ進むばかり
そして
なにものをも
蘇らさすことはできない
けれど
それゆえにぼくは今
この死んだ果実によって
春のぬくもりを
はっきりと感じとった