透明な
空想の岸辺に浮かぶ
小さな果実
計り知られぬ
時の奔流にのまれ
甘き香りも
鮮烈な色素も
はや生命なきもの
けれど
この死んだ果実が
かつて生きた面影は
懐かしい風の香りさながらに
その萎んだ身体にも
形なきものとして
感じ取られた
このありさまに
涙など
祈りなど
むなしさなど
訪れない
訪れたのはただ
ぼくの胸裏の雪塊を
ゆっくりと溶かしてゆく
春のぬくもりだけ
それは
誰にほのめかされなくとも
はっきりと
ぼくのもとに忍び寄ってくるのを
感じた
時の奔流にのまれるぼくは
逆流することなく
ただ進むばかり
そして
なにものをも
蘇らさすことはできない
けれど
それゆえにぼくは今
この死んだ果実によって
春のぬくもりを
はっきりと感じとった