2018年10月6日土曜日

HYOULI(未完成)


 1.

  
  去来する波
  繰り返す黄昏れ
  醒めてゆく郷愁
  もううんざりだ!
  そんなことくらい知っている!
  けれど思わず
  オレの心臓は打ち震え
  たちまち息が苦しくなる!
  この両眼の奥の底までも
  煌々と燃えてゆく!
  オレはどうして
  途方に暮れたり
  暮れなかったり
  うじうじうじうじ
  してしまうんだ!
  、、、けれど。 
  ああ、見ているがいい。
  オレをこんな目に遭わせる奴らが
  最後にはどうなってしまうのかを!



2.

 きみは打ちあげられてしまった
 砂浜の上に腰を下ろして
 きみはじっと
 水平線を眺めていた。
 時々そうっと目を閉じて
 小さく祈ってみたりもした。
 それはたぶん
 まだきみも知らないどこかへと
 きみも知らない眼差しを贈るための
 ささやかな洗礼だった
 
  奴はそんな風にして
  やりきれない思いを晴らそうとしていた。
  果てしないものに身を任せれば
  他愛のない風景も
  あまりにも虚しい幸せも
  もっと素晴らしいものに
  変わると信じていた!
 
 ぼくはきみが
 西日に照らされて
 黒い影になっていく様子を
 遠くから眺めていた。
 着実に失われてゆく光は
 ぼくに一抹の不安(期待!)を抱かせながら
 きみとともに儚く消えてしまいそうだった。
 

  波打ち際で鳴く鳥よ
  翼は風に託しなさい 
  声は雲間に捨てなさい
  渚の砂は盗みなさい
  蠢く貝は喰い潰せ!
  とにかく何も残さずに
  向こうへと羽ばたくがいい!
  何も何も残さずに!

 
 ぼくの不安は的中した。
 きみはついに
 消えてしまった
 あっけなく
 消えてしまった。
 なぜ、どうして?
 本当にいなくなるなんて。
 あぁ、どこへと行ってしまったの?
 ぼくのことを置き去りにして。
 ひどい話じゃないか。
 ぼくはほんとうにつらい。 
 胸が締め付けられる!
 身体中がこわばりそうだ!
 どうか、返事を。
 どうしてなんだ、、、
 あんなに近くにいた人が、、、
 ぼくにはまだ信じられない。
 もしも木陰に隠れているだけなら  
 せめて声を聞かせておくれ。
 きみよ、かけがえのない人よ、、、
 あと少しだけでも
 きみの気配を
 感じていたかったのに、、、
 、、、でも。
 それくらいわかっているさ。
 弱音ばかり吐いていられないことくらい。
 ありのままを受け入れないといけないんだ。
 運命の雷なんて誰の仕業でもないのだから。
 ぼくがまた新しい自分をこの胸に収めるためには
 これも仕方がないことなのさ。
 もう、諦めるしかないんだ。
 思いがけない白雨のように
 出会いと別れなんてこんなものさ、、、
 決して悲しいことではない。
 おかげでぼくはきみへの喜びを知れたんだもの。
 この先ぼくがどうなるかなんてことは
 時間だけが知っているんだ。
 さようなら、きみよ。
 あぁ、さようなら。

  (おい、そんな気味の悪いことはやめろ
   野暮な奴め、反吐が出る。
   あの時お前は 俺と一緒に笑っていたじゃないか!
 
  どうせまた現れるに決まっている。 
  あの野郎、未練がましくて仕方がない!
  あぶくのように音を上げるなんて!
  お前には聞こえていないのか?
  ぶつぶつぶつぶつ言ったり言わなかったりだ。
  せっかくオレが渡した腹切り刀もこれじゃただの鉄屑同然。
  自分で血も吐けないような薄っぺらな奴に
  一縷でも期待したオレの愚かさよ!
  畜生、ならせめて無口な流れ星にでもなって
  オレの望みを叶えてから燃え尽きればいいのだ!
  それならあいつにだって容易いはずだ。
  なんの苦しみもなく人の幸せになれるんだからな。
  誰かのために犠牲になるのはあいつの十八番さ。
  お前の屍を運び出す人がいることも知らないで。
  しかし、もしそれすらできないと言うのなら、奴め
  お前にきっとそれを味わわせてやる。
  どんな天変地異よりも恐ろしい終末の響きが
  お前の鼓膜をじわじわと破っていくことか。
  近づいてくる死神の足音に嫌というほど悶え苦しむがいい!
  

 、、、きみが消えた後に残ったもの。
 それらはすべて
 ぼくの許に打ち寄せた。
 冷たい風とか潮騒とか、、、。
(漂流物もぶちまけられていた!)
 とにかくそういったものすべて。
 もしもあの時きみが消え去ってしまわなければ
 ぼくはいまだに重たい足取りで
 砂浜を彷徨っていたのかもしれない。
 きみの面影を拾い集めるために、、、
 、、、帰ろう、もう帰るんだ。 
  (噓を言え!わかっているぞ!
 お前はそいつを殺したに決まっている!)

 
 「彷徨える花」

  海の上にも
  天の上に
  柔らかな青
  忘れな草は
  神話の国の
  英雄たちの
  恋めき偲ぶ
  彷徨える花
  
 ぼくはふと後ろを向きながら歩いた。
 すべてのものが遠のいてゆく。
 がらんとしたこの道にただひとり。
 ぼくを追いかけるものは何もない。
 前を向くと再びぼくは何かに導かれてゆく。
 ぼくはもう何も追いかけていないはずのに。
 ただ目に映るものを見ているだけだ。
 ほら、夜空には今日も巨きな星がある
 こんなにも美しい銀河の中にある。
 ぼくもいつまでもここにいるつもりさ
 けれども冷たい夜よ、どうしてお前は
 ぼくの吐息をこんなにも白くした、、、
 ああ、すべての愛おしい天の輝きたち、さようなら。
 ぼくは一刻も早く柔らかな、本当の温もりに包まれようと思う。
  (柔らかな温もりだと!
 お前に温もりをもたらすものは血腥い心臓だけだ!)

 
 この一連の顛末に
 ぼくは決心した。


 「きみは再びぼくの目の前に現れてはいけない。
  もしもきみが現れたなら
  ぼくはきみの姿を消して(殺して!)しまおう。」と。
  もし現れてしまえば
  ぼくはあまりの嬉しさに
  気でも狂ってしまうかもしれないのだから。
 (もうわかった、とんだ腰抜けめ!
  オレはもうお前にも愛想が尽きてしまった。
  それだけは心に留めておくがいいさ。)


3.
 

 秋の風と戯れながら
 きみは崩れそうな橋の峠に現れた、、、 
 
 「つむじ曲がりの秋」 

  雲の流れる川面に
  一握の紅葉を
  散りばめて
  じわりじわりと
  沈んでゆくのも
  「そんなものさ」と
  思いたかった。
  
  さざめく波紋が
  月や木立と
  触れ合いながら
  よどみなく
  壊れてゆくのも
  「そんなものさ」と
  思いたかった。
  

 そしてきみは再び消えてしまった。

「あの紅葉のように私も。。。

 ぼくはただ呆然と立ちすくんでいた。
 しばらくしてから遠くにある山を眺めてみた。
 雪はすでに秋の終わりを告げていた


 (なんだ、まだうろうろしてたのか。
  本当にしつこい野郎だ!
  しかし安心するがいい。
 もうすぐそんな心配もしないで済むようになる。
 貴様の繊細な心もあの紅葉同様これで見納めさ。)


.

 ぼくは今 
 窓辺に立って
 (そこは枯れた魂の掃き溜め!)
 朝を探している。
 東の空は
  (腐った瞳を焼き尽くす業火!)
 ぼくのことをじっと見つめている。
 あとはぼくがその視線に
 気づいてしまえばいいだけだ。
 (そして真っ逆さまに転落するだけ!)
 それだけでぼくのもとに
 素晴らしい朝が(おぞましい地獄が!)訪れる。
  
  おお、それはなんて勇敢な!
  狂おしいほど向こう見ずな!
  迫り来る悪夢にも怯まず
  喉元を切られても嘆かず!
  ただ灯火にならんことを願って止まない!
  ああ羨ましい、その敬虔な眼差し!
  どんな人間でもその感覚さえ確かなら
  身体中が凍えているのにわざわざ水をかぶりはしない。
  たとえ襤褸切れ一枚でも
  ないよりはましだと思うに決まってる。
  ましてや炎があれば大喜びだ。
  しかし哀れな奴め!
  お前が幾つの罪を背負ってきたかは知らないが
  お前のその酷くしもやけた魂にとっては
  どんなに小さく力の弱い炎でさえも
  お前に温もりをもたらすどころか
  激しい痛みしか与えられない。
  それほどまでにお前の魂は弱りきっているのだ。
  そしてこうなってしまったのもすべて奴の仕業さ。
  それだのにお前はなぜそのことに早く気づかないのか。
  気づいたところで何の足しにもならないこともある
  気づくことが一生の足かせになってしまうこともある。
  そのせいでもっと苦しんでしまうこともあるに違いない。
  しかしどうだ、今のお前の有様ときたら。
  奴とお前は一本の腰縄によって固く結ばれている。
  それはまるで連理の、いや海と川ほどに
  切っても切れないような結ばれ方をしている。
  お前が海なら奴は川の流れさ。
  そして今その川の流れは嵐の如く氾濫している。 
  海はその狂態を見て一体何を思うのか?
  それともお前は奴の狂った振る舞いに
  まだ気づいていないのか?
  もしくはわざと気づかないふりでもしているのか?
  嫌なことから目をそらすのが人の生理というもんさ。
  誰だって自分の悪口には耳をふさぐだろう。
  ならオレは
  けれどオレはそんな煩わしいことが嫌いなんだ。
  オレはそんな貧相なことに腕を疲れさせたくはない。
  もっと大きな手柄を上げるためにこの腕はあるのだ
  より困難な獲物を捕らえるためにこそこの腕は存在する。
  それは何よりも尊く、何よりも残酷な獣狩り!
  残された時間はあまりにも少ない。
  しかしあの雪山の森には必ず月明かりが忍び込む。
  それを止めることなど誰にもできないのだ!
  やがて柔らかな花は無残にもひび割れ、甲高い雄叫びが轟き
  天地をも震わしてしまう!
  そして最後に残るのは海、、、海!


 もしもそうなったならぼくは
 自分のことを棺の中にでも押し込んで
 美しい黄泉の国へと葬ってしまってもいい。
  (どうかお前の眠り眼は闇に覆われたままで。)
 
  なに、ますますわからなくなるぞ!
  目を閉じれば闇が訪れるだと!
  ああ、それはなんて幸福な!
  幸福すぎて救いようもない奴だ!
  そうなるとお前の頭の中からは
  いよいよ聖書の置き場所もなくなる!
  そして誰かを救うつもりでいた俺
  結局は俺自身の救いを求めてしまうようになるのだ!
  やがてこの俺こそがお前たちにとっての悪魔になる!
  おお、願わくはお前たちの隣にいつも不幸のあらんことを!
  そうすればきっとお前たちはその目を閉じたとき
  俺という光を求めようとするのだから!
  この闇に覆われた現実から逃れ出るために!
  だからどうかお前の眠り眼には激しい光を!
  そしてどうか俺の許には救いの光を!