2020年3月26日木曜日

しばらく光を 見られなかった



しばらく光を
見られなかった
照らされているだけで
めまいがして
突き刺さるような
気がして

しばらく心を
開けなかった
どんな人とも
分かり合えない気がして
近づいては
いけない気がして

しばらく時間を
憎悪した
それがあまりに
残虐な気がして
殺されていくような
気がして

けれど
あくる日
気がついた
それがすべて
正しいとも
間違っているとも
言えないと
ただ
自分が
自分に
狂わされていたと

2020年3月5日木曜日

雪花



透明な
空想の岸辺に浮かぶ
小さな果実
計り知られぬ
時の奔流にのまれ
甘き香りも
鮮烈な色素も
はや生命なきもの

けれど
この死んだ果実が
かつて生きた面影は
懐かしい風の香りさながらに
その萎んだ身体にも
形なきものとして
感じ取られた

このありさまに
涙など
祈りなど
むなしさなど
訪れない
訪れたのはただ
ぼくの胸裏の雪塊を
ゆっくりと溶かしてゆく
春のぬくもりだけ

それは
誰にほのめかされなくとも
はっきりと
ぼくのもとに忍び寄ってくるのを
感じた

時の奔流にのまれるぼくは
逆流することなく
ただ進むばかり
そして
なにものをも
蘇らさすことはできない
けれど
それゆえにぼくは今
この死んだ果実によって
春のぬくもりを
はっきりと感じとった